1. 異空間
1-1. 骨董屋
東京の静かな街角、路地を入ると車の喧噪とは離れ、昔ながらの古い家並みが続く。
IT企業に勤める宮本達也25歳は、緑色の屋根の小さな入り口の骨董店「時の音」で足を止めた。
ショーウインドウに不思議なアイテムを見つけたためだ。
空中に、水道管のない蛇口のみが浮かんでいる。
そして、その蛇口から大きな石の上に水が流れ落ちている。
達也は軽い衝撃を受けた。
物理的にあり得ない。
じっと凝視するが、原理が全く分からなかった。
すると、いつの間にか店主らしき老人が近くに来ている。
「分かりますか。」
「・・・」
達也が黙っていると、老人が続けた。
「水を止めてみましょう」
店主は言って店の奥に入っていく。
しばらくすると、蛇口の水の流れが徐々に小さくなってきた。
徐々に水の流れが少なくなり、水の形状が円筒形の棒のような形状になっていく。
ついには水に流れが完全に停まり、形状が明らかになる。
「あ、」
達也は思わず叫んだ。
蛇口は円筒形の透明なパイプで支えられていた。
パイプは根元で平板な石に固定されている。
水は石の下から透明なパイプを通って上に流れ、蛇口まで到達する。
蛇口まで行った水は蛇口からあふれ出し、パイプの周りを下に流れていく。
それが、空中に浮いている蛇口から水が流れる構造であった。
達也はなるほどと感心した。
素晴らしい発想である。
店主は中に戻っていく。
思わず達也も店の中に入った。
「いらしゃいませ」
店主は笑いながら、声をかけてきた。
店内は、ひんやりとした空気がはりつめている。
年代物の机、椅子、木工細工の化粧箱から、陶器類まで並べられている。
壁にはヨーロッパを思わせる建物や農村の風景が風飾られている。
ふと見ると、店主は部屋の隅にある古びた置き時計を見つめている。
その時計は骨董品のようであるが、動いている。
「この時計はどうやって動いているか分かりますか」
「ゼンマイか、電池ですか。」
店主は、時計を傾け、蓋を開いて言った。
「中を見てもいいですよ」
達也がのぞき込む。
暗い箱の中身を、目を凝らして見た。
木箱の中は空っぽのように見える。
「何も入っていないのですか。」
達也はじっくりと中を眺め回しながら言った。
仕組みはどうなっているのであろうか。
表面の時計は動いているのに、動かす部品はなかった。
しばらく考えた後で、達也は尋ねた。
「これはどんなトリックですか。」
店主はなぜかうつむいたまま答えた。
「仕組みは、私も分かりません。」
「これは、先祖から受けついている時計です。」
気がつくと店主は、不思議そうな目で達也を眺めていた。
「今まで誰にも見せたことはありませんでした。」
「なぜか、今日はあなたに見せてしまった。」
「気のせいかもしれないが、時計の動きがおかしい。」
店主は、不安げな顔で時計を見つめている。
突然、店主は言った。
「今日は早めに店仕舞いをします。」
「申し訳ありませんが、できれば帰っていただけないでしょうか。」
達也は急に言われ、戸惑いながら答えた。
「分かりました、面白いものを見せてくれて、ありがとうございました。」
達也は店を出た。
達也の周りを町の熱気が包む。
外の景色がまぶしい。
路地は夏の暑さが増し、街の喧騒が包む。
強烈な日差しの中オフィスに向かって歩く。
振り返ってみると、骨董店はすでに見えなくなっていた。
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